「みにくいあひるの子」だった私
???女性誌やファッション誌の表紙を飾り、モデル、タレント、あるいはスキャンダルでメディアをにぎわす梅宮アンナが、初エッセイ『「みにくいあひるの子」だった私』を書き上げた。
???有名俳優の父梅宮辰夫と、アメリカ人で元ファッションモデルの母を持つ華やかな生い立ちとは裏腹に、本書ではコンプレックスの塊だった幼少期からの28年間を赤裸々に告白している。
???確かに、従来の暴露モノ的要素は盛りだくさんだ。気になる羽賀研二との破局、芸能人2世としての華やかな生活、トップモデルとしての仕事ぶりなど、女性週刊誌を読むのと同じ楽しさは十分に味わえる。
???だが、この本の本当の魅力は、ひとりの女の子としての梅宮アンナが、「家族」「いじめ」「学校」そして「自立」をどう見つめながら成長していったかにある。
???特に、ページの多くを割いている両親との軋轢(あつれき)に苦しむ姿は、親子の絆や家族の意味について問いかけている。いい意味でも悪い意味でも親が子どもに与える影響について、親の立場にある人にはぜひ読んでもらいところだ。
???本書は「梅宮アンナのサクセスストーリー」ではない。ひとりの女性が否定し続けた「惨めな過去」を書くことで見つめ直し、いかに自分を肯定できるようになっていったか、その軌跡をたどるビルドゥングスロマンなのだ。(東海左由留)
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お年頃または適齢期の娘さんをお持ちの方にも |
人は分かっていることを書くのではない。書くことによって分かるのだ。自伝を書く機会を与えられた著者は、何よりもこのことを実感しているに違いない。こういう風にも言ってみようか。私たち読者は、彼女の半生は本当にそういうものだったんだろうかなどという確かめようのないことに心を奪われてはいけない。私たち読者にとっては、この本で描かれていること自身が他ならぬ彼女の半生なのだ、と。そこから読み取れるだけを読み取ればよい。私は、著者が小学6年生のときの学校でのある出来事にとりわけ心を痛まされた。だから、中学・高校とくすぶっていた彼女がモデルとして羽ばたいていく姿には微笑ましく思った。現代日本の同世代女性の最大公約数いや最小公倍数的存在は、彼女に最もふさわしい(同じ年に生まれたことになっている(そして誕生日も結構近いはずの)飯島愛はどう考えても違うでしょう)。訝る向きは、英英辞典の「model」という項目を調べてみれば良い。「代表」を意味する単語が真っ先に目に飛びこんでくるではないか(やっぱり飯島愛ではなかった)。そんな彼女の歩んできた道に私たち読者が接することのできる機会が貴重でないはずがない。
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変身したいあなたへ |
誰もが個人差はあれ、なんらかの変身願望をもっているものです。いつもと違う自分を求めて、新たな自己を確立するために様々な事に挑戦します。梅宮アンナさんは「醜いアヒルの子」から「美しい白鳥」へと見事に変身しました。いえ、成長したと言った方が相応しいかもしれません。この本はそんな彼女の過去を率直に、気取らずに語っています。「美しい白鳥」へとなかなか変われずに苦しんでいる皆さんにお薦めします。

